歯列矯正では、歯の位置を移動することによって見た目の歯並びや噛み合わせを改善していきます。歯列矯正には歯を抜く方法(抜歯矯正)と、抜かない方法(非抜歯矯正)がありますが、ここでは抜かない方法で矯正した場合のメリット・デメリットについてご説明します。
目次
矯正治療で抜歯が必要になる理由とは?
矯正治療で抜歯を行うのは、歯の大きさに対して顎が小さく、歯が一列に並びきれずにガタガタや出っ歯になっているためです。
歯を1列に並べるためには、噛み合わせに影響のない歯を1本抜歯し、空いたスペースを利用して歯を動かさなければなりません。矯正治療では前歯の中央から数えて4本目の第一小臼歯か、5本目の第二小臼歯を抜歯する場合が多いです。
歯の重なりが大きい、八重歯、出っ歯で大きく歯が前に出ている等の場合は、抜歯するケースが多いです。
非抜歯でも矯正できるのはどんな場合?
矯正治療では抜歯せずに非抜歯で治療できる場合もあります。歯の重なりが少ない場合や、出っ歯や受け口が軽度の場合、すきっ歯の場合に、非抜歯で治療を行うことが可能です。
噛み合わせに問題がなく、前歯だけが僅かに重なったり斜めになっていたりする場合は、前歯だけに矯正装置をつける部分矯正が適用される場合もあります。
1. 軽度から中度のガタガタ(叢生)
歯が密集して生えているために歯が重なってガタガタになっている場合、軽度から中度であれば歯を少しずつ動かしてスペースを作り、きれいな並びを実現することができます。
2. 歯が小さい方のガタガタ(叢生)
歯の大きさが小さい場合には、歯と歯の間のスペースを利用して歯並びを整えることが可能です。
3. 成長期の患者さんの場合
成長期の子供や若者は、まだ顎が成長を続けていますので、顎が成長して大きくなることでスペースの問題を解決することができる場合があります。
4. 軽度の咬み合わせの問題
軽度の過蓋咬合(咬み合わせが深い)や開咬(前歯が咬み合わない)など、状況によっては非抜歯で治療が可能な場合があります。
5. 歯肉弓が広い場合
顎がしっかり発達していて歯肉弓(歯を支える骨のアーチ)が広い場合には、既存のスペースを利用して歯を並べることができます。
6. 歯の前方への移動
下顎の歯を前方に移動させることで、スペースの不足を補うことが出来る場合があります。
非抜歯矯正で可能かどうかは、患者さんのお口の状態、不正咬合や咬み合わせのズレの程度などによって決まります。
非抜歯矯正のメリット
矯正治療の現場では非抜歯矯正も多く行われています。非抜歯矯正を行うことのメリットをご説明します。
- 健康な歯を抜かない
- 抜歯する手間や費用がかからない
1.健康な歯を抜かない
抜歯矯正では小臼歯と呼ばれる歯を上下左右の4本抜くことになります。健康な歯を抜歯することに抵抗を感じ、出来るだけ非抜歯で矯正治療を受けたいとおっしゃる方も多いです。
一般的に高齢になるにつれ歯を失うリスクが上がり、天然歯の本数は減っていきますので、健康な歯は抜かないに越したことはありません。
2.抜歯する手間や費用がかからない
矯正の抜歯は小臼歯の上下左右の合計4本を抜歯します。しかし一度に4本を抜歯するのではなく、2度に分けて行います。例えば、1度目は右の上下の小臼歯を抜き、一週間以上あけて右の抜歯した痕が治って来てから、左の上下の小臼歯を抜く、という方法で行います。
抜歯後は出血や痛みがありますし、費用もかかりますので、抜歯したくないという方もおられます。
非抜歯矯正のデメリットやリスク
- 非抜歯矯正が不可能な不正咬合もある
- 無理に非抜歯で行うと出っ歯になることがある
- 歯茎の退縮が起こる場合がある
1.非抜歯矯正が不可能な不正咬合もある
非抜歯矯正を行うには、軽度の不正咬合であることが条件となります。歯を大きく動かす必要があるにもかかわらず、無理に非抜歯で矯正を行うと、満足のいく治療結果になりません。
2.無理に非抜歯で行うと出っ歯になることがある
スペースが足りない状態で無理に歯を並べると、歯列から歯がはみ出して出っ歯になってしまうことがあります。ガタガタは解消されて歯はきれいに並んでいるけれど、全体的に出っ歯になったというものです。
3.歯茎の退縮が起こる場合がある
矯正治療を行った結果、歯茎の退縮が起こり、歯茎のラインが下がってしまうことがあります。スペースが足りない状態で歯を無理に並べると、退縮が起こりやすくなります。
歯茎に退縮が起こると、歯が長く見えたり、歯と歯茎の間にブラックトライアングルと呼ばれる黒い三角形の隙間が出来ることもあり、虫歯や歯周病にかかるリスクも高くなりますので、注意が必要です。
非抜歯での矯正治療方法
非抜歯で歯を動かすためのスペースを作るには、どうすればよいのでしょうか。
- 奥歯を後ろに動かしてスペースを作る
- 歯の側面を削ってスペースを作る(ディスキング、IPR、スライス)
- 顎を大きく拡大してスペースを作る
1.奥歯を後ろに動かしてスペースを作る
まず奥歯を後ろに動かして、その後、他の歯を順に移動させていくという方法があります。奥歯を後ろに動かすには、基本的に親知らずの抜歯が必要になりますので、非抜歯矯正といって良いかどうかは微妙なところです。
親知らずが完全に埋没していて大学病院の口腔外科で抜歯を行う必要がある場合等は、事前の処置が大変になりますので、この方法では行わないケースもあります。
2.歯の側面を削ってスペースを作る(ディスキング、IPR、スライス)
軽度な不正咬合で、特に前歯の一部にだけ問題がある場合に、前歯の側面を僅かに削ってスペースを作るディスキングという方法をとる場合があります。
前歯の側面のエナメル質のみをやすりのような器具で1本1本削ります。エナメル質の厚みは1.5ミリ程度あり、ディスキングで削るのは0.25~0.5ミリ程度ですので、虫歯や知覚過敏の心配はありませんが、抜歯矯正ほど大きなスペースが作れない為、ごく軽い不正咬合のみにこの方法が適用されます。
3.顎を大きく拡大してスペースを作る
顎が小さくて歯が並びきらない場合に、顎そのものを拡大して歯列を拡げてスペースに余裕を持たせる方法があります。顎の小さい方は、顎が左右にあまり成長していないため、奥歯の歯列を外側に向かって広げることが出来れば、顎全体が大きくなります。
しかし、大人は既に骨の成長が終わっていますので、骨をあまり大きく広げることは出来ません。子供の一期治療では、主に顎を正常な大きさに成長させるための床矯正という方法をとります。
矯正治療で歯を抜かない場合のメリット・デメリットに関するQ&A
抜歯矯正と非抜歯矯正の違いは、歯を動かすためのスペースの作り方の違いです。抜歯矯正では上下左右の小臼歯を抜いてスペースを作り、非抜歯矯正では歯を抜かずに前歯の両端を僅かに削ってスペースを作ります。抜歯矯正は歯の重なりや出っ歯の方向きが大きく、歯を大きく動かす必要がある場合に行います。非抜歯矯正は抜歯矯正程の大きなスペースが出来ませんので、軽度のガタガタや出っ歯に適用されます。
非抜歯矯正のデメリットやリスクには、不正咬合が軽度でない場合には適さないこと、無理に非抜歯で行うと出っ歯になる可能性、歯茎の退縮が起こる可能性があります。
非抜歯矯正でスペースを作る方法には、奥歯を後ろに動かす方法、歯の側面を削る方法(ディスキング、IPR、スライス)、顎を大きく拡大する方法があります。選択は症例によります。
まとめ
抜歯矯正、非抜歯矯正のどちらで治療するかは、患者さんの不正咬合の度合いや顎の大きさによって決まります。特に問題になるのが、患者さんがどうしても抜歯を避けたいとおっしゃるので、本来なら抜歯矯正が必要なのに非抜歯矯正で治療を行った場合です。患者さんの不正咬合の度合いによって治療方針が決まりますので、安全な矯正治療のためには、矯正担当医の勧めに従うことも大切です。
矯正治療において歯を抜かない場合のメリットとデメリットについて、以下の研究が参考になります。
1. メリット 歯を抜かない矯正治療は、顔貌の変化を最小限に抑えることができます。特に、顔のプロファイルに影響を与えたくない患者にとって、非抜歯矯正治療は有利です。 Chaqués-Asensi (2017) の研究では、非抜歯治療による顔貌への影響が少ないことが示唆されています。これは、顔貌の保存を重視する患者にとって非抜歯治療が適していることを示しています。[Chaqués-Asensi, 2017)
2. デメリット 非抜歯治療は、重度の不正咬合や混雑がある場合には限界があります。歯の移動範囲が限られており、理想的な結果を得ることが難しい場合があります。 Melkos (2005) による研究では、Invisalignのような非抜歯矯正治療法は、抜歯治療に比べて複雑なケースに対応する能力が限られていることが示されています。これは、非抜歯治療がすべての症例に適しているわけではないことを意味しています。[Melkos, 2005]
これらの研究から、非抜歯矯正治療は顔貌への影響を最小限に抑えることができる一方で、複雑なケースや重度の混雑に対しては限界があることが分かります。患者のニーズと症例の特性に応じて、適切な矯正治療法を選択することが重要です。