歯科矯正全般

60歳での矯正治療にはリスクがある?

60歳での矯正治療にはリスクがある?

60歳以降に矯正治療を考える方は増えています。年齢を重ねるにつれ、歯並びの乱れが目立つようになり、矯正治療を希望するケースが多く見られます。しかし、60歳という年齢においては、治療が若年層に比べて難しくなる要素もあります。加齢に伴う骨の変化や全身の健康状態が治療の進行に影響を与えるため、矯正治療には慎重な判断が必要です。

60歳で矯正治療を受ける際に伴うリスクや、そのリスクを最小限に抑える方法についてご説明します。

60歳で矯正治療を受けることは一般的?

60歳での矯正治療は近年、増加傾向にあります。若い頃に治療を行わなかった人や、加齢による歯列の乱れに悩む方が、60歳以降に矯正治療を選択することは、今や一般的になってきました。矯正治療は単なる見た目の改善だけでなく、噛み合わせの改善や歯周病予防といった健康維持のためにも重要な役割を果たします。

現代の歯科治療技術の進歩により、60歳以上の患者さんでも安全に矯正治療を受けることが可能です。しかし、高齢者特有のリスクを考慮し、適切な治療計画を立てることが必要になります。

60歳での矯正治療に伴うリスクとは?

60歳以上での矯正治療には、以下のようなリスクが伴います。これらのリスクは、加齢による体の変化や口腔内の状態の影響を受けるため、治療を始める前に十分な検討が必要です。

1. 治療期間が長くなるリスク

シニアになると新陳代謝や細胞の再生速度が遅くなります。これは、歯の動きにも影響を与え、矯正治療にかかる時間が延びることがあります。例えば、30代や40代であれば1年から2年程度で済む治療が、60代ではそれ以上の時間を要することがあるのです。これにより、長期間にわたって矯正器具を装着する必要があり、その間のメンテナンスや口腔ケアも重要になります。

2. 歯周病が悪化するリスク

高齢者の多くが歯周病を抱えており、特に60歳以上では歯周病が進行しているケースも少なくありません。矯正器具を装着することで、歯や歯茎にかかる負担が増え、既に弱っている歯周組織に悪影響を与える可能性があります。矯正治療を行う前に歯周病の治療を行わないと、治療中に歯周病がさらに悪化し、歯の動きが制限されたり、最悪の場合、歯が抜けてしまうこともあります。

3. 骨吸収のリスク

歯を動かす際に、歯根を支える骨に一定の圧力がかかります。この圧力に対して、若い頃であれば骨が再生されることで歯がスムーズに移動しますが、60歳を過ぎると骨の再生能力が低下していることが多いため、骨が吸収されるリスクが高まります。特に、骨密度が低い場合には、治療後に歯が不安定になる可能性があり、骨吸収の進行が問題となることがあります。

4. 歯根吸収のリスク

矯正治療では、歯に力を加えることで歯を移動させますが、この力が過度に加わると歯根が吸収されて短くなるリスクが高まります。60歳以上では、加齢により歯根が既に弱くなっていることが多く、歯根が短くなると、歯の支持力が弱まり、歯がぐらついたり、将来的に歯を失うリスクが増加します。

5. 既存のインプラントやブリッジへの影響

60歳以上の患者さんは、すでにインプラントやブリッジなどの補綴物を装着していることが多いです。これらの補綴物がある場合、矯正治療が複雑になる可能性があります。インプラントは骨に固定された人工の歯なので、動かすことができません。

そのため、周囲の歯を移動させる際に矯正計画が制限されることがあります。また、インプラントがある部位に過度の負荷がかかると、インプラント自体に影響が出ることもあります。ブリッジについても、一旦外さねばならないケースが多いため、慎重な治療計画が求められます。

このように、60歳で矯正治療を行う際にはいくつかのリスクを伴いますが、事前の検査と適切な治療計画により、これらのリスクを最小限に抑えることが出来ます。

全身疾患や薬がもたらす影響

60歳以上の患者さんは、全身疾患や常備薬の影響を受けることがあります。矯正治療に影響を与える可能性のある疾患や薬について、次のような注意が必要です。

骨粗鬆症とビスフォスフォネート

骨粗鬆症を治療するために使用されるビスフォスフォネート系の薬剤は、骨の代謝を抑制するため、歯の移動が遅れる可能性があります。

糖尿病や心臓病

糖尿病や心臓病などの慢性疾患を抱えている場合、治癒力が低下し、歯茎や骨の回復が遅れることがあります。これにより、治療が予想以上に長引くことがあります。

抗凝固剤

血液をサラサラにする薬を服用している場合、矯正治療中に歯茎や歯周組織への出血リスクが高まるため、治療計画の慎重な検討が必要です。

60歳以上の矯正治療を安全に進めるためのポイント

60歳以上での矯正治療を安全に行うためには、いくつかのポイントを押さえる必要があります。

定期的な歯科健診

治療開始前に、歯周病や虫歯などの問題を事前にチェックし、必要な治療を行ってから矯正治療を進めることが重要です。

内科の主治医との連携

60歳以上の患者さんは、全身の健康状態を把握しながら治療を進めることが求められるため、矯正歯科医と内科の主治医が連携することが大切です。

適切な矯正装置の選択

ワイヤー矯正やマウスピース矯正など、患者さんの健康状態に最も適した矯正方法を選択することがリスク軽減につながります。

60歳以上の方が歯列矯正を受ける際の注意点

「60歳を超えてからの歯列矯正って、効果があるの?」と思われる方も多いかもしれません。歯並びの改善は年齢に関係なく可能ですが、実は、シニア世代ならではの注意点もあります。ここでは、60歳以上の方が歯列矯正を受ける際に気を付けたいポイントをご説明します。

1. 骨の状態をチェックすることが大切

加齢とともに骨密度が低下することはよく知られています。歯列矯正では、歯を動かすために顎の骨の健康状態が重要になります。以下のようなチェックが必要になります。

  • 骨粗しょう症の有無・・骨密度が低下していると、歯がうまく動かない可能性があります。

  • 歯周病の進行状況・・歯周病が進行していると、矯正によって歯が不安定になり、逆に噛み合わせが悪化することもあるので、注意深く進めていく必要があります。

  • 過去の治療歴・・インプラントやブリッジがある場合、矯正の難易度が上がることがあります。特にインプラントは骨にしっかり固定されているので動かすことが出来ませんし、ブリッジは一旦外す必要があります。そのような特製を考えた上での治療計画となります。

矯正を検討する前に、歯科医院でCTスキャンなどを活用し、骨や歯茎の状態を確認しましょう。

2. 歯周病のケアを徹底する

60歳以上の患者さんでは、歯周病を抱えているケースが多く見られます。矯正中は歯を動かす力が加わるため、歯周病が悪化しやすい傾向があります。以下のような対策を講じましょう。

  • 矯正を始める前に歯周病治療を完了させる
  • 毎日の歯磨きを徹底する(歯間ブラシやフロスの併用が重要)
  • 定期的に歯科医院でクリーニングを受ける

歯周病が進行している場合、矯正よりも先に歯ぐきの健康を取り戻すことが優先されます。

3. 治療期間が長くなる可能性を考慮する

若い方と比べて、シニア世代では歯の移動速度が遅くなる傾向があります。そのため、矯正治療の期間が長くなる可能性があります。

  • 一般的な矯正期間(1.5~3年)よりも長引くことも
  • 途中で健康上の理由で治療が中断する可能性も考慮
  • 定期的な通院が負担にならないかを事前に検討

治療の計画を立てる際には、無理のないスケジュールを歯科医と相談しましょう。

4. 矯正装置の選択肢を慎重に検討する

矯正装置には様々な種類がありますが、60歳以上の方に適したものを選ぶことが重要です。

  • マウスピース矯正(インビザライン)・・取り外しができるため、歯磨きしやすく、清潔に保ちやすい。
  • 部分矯正・・全体ではなく、一部の歯のみを動かす方法。負担が少ない。
  • ワイヤー矯正・・しっかり歯を動かせるが、装置の違和感が大きい。

歯や歯茎の状態を考慮しながら、最適な装置を選びましょう。

5. 全身の健康状態にも注意が必要

矯正治療は歯だけでなく、全身の健康にも影響を及ぼす可能性があります。特に以下の点には注意が必要です。

  • 糖尿病の有無・・糖尿病があると、歯茎の治癒力が低下し、歯周病のリスクが高まります。
  • 服用中の薬・・骨粗しょう症の治療薬(ビスフォスフォネート系など)は、顎の骨に影響を与えることがあり、矯正治療に注意が必要です。
  • 顎関節症のチェック・・噛み合わせの変化によって、顎の関節に負担がかかることがあります。

事前に主治医とも相談しながら、無理のない矯正計画を立てましょう。

まとめ

60歳以上の方でも歯列矯正は可能ですが、以下の点に注意することが重要です。

  1. 骨の健康状態をチェックする
  2. 歯周病のケアを徹底する
  3. 治療期間が長くなる可能性を考慮する
  4. 矯正装置の選択を慎重に行う
  5. 全身の健康状態にも配慮する

「年齢が高いから矯正は難しい」と諦める必要はありません。ただし、リスクをしっかり理解したうえで、歯科医とよく相談しながら進めていくことが大切です。もしご不安があれば、まずは歯科医院で相談してみて下さいね。

まとめ

60歳での矯正治療にはいくつかのリスクが伴いますが、適切な診断と治療計画により、安全に治療を進めることが可能です。年齢に伴うリスクを理解し、歯や骨の状態、全身の健康状態を考慮しながら進めることで、理想的な治療結果を得られます。

この記事の監修者

医療法人真摯会
理事長 歯科医師 総院長
松本正洋
クローバー歯科、まつもと歯科 総院長。国立長崎大学歯学部卒業。1989年歯科医師免許取得。1998年医療法人真摯会設立。矯正歯科の認定多数。日本抗加齢医学会 認定医。

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